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【ノート】9/16 「ふさのくに」歴史ラボ


講義ノート

9月16日(土) 15:00~18:00

クラス

【9/16】「ふさのくに」歴史ラボ

 

トピック

・貝塚の人々はどこからきてどこに行ったのか?

・千葉県に熊野神社が日本で二番目に多いのはなぜか?

・なぜ上総国の国分寺には当時日本最大級の七重塔が建設されたのか?

ふりかえり

今回は上記のトピックを僕のほうで抜きだして、資料とともにいったい当時の千葉県房総半島で何が起こっていたのかを一緒に考えていきました。

「ふさのくに」の歴史は掘り起こしてみると、なぜか?どうしてか?と不思議に思うようなことがたくさんあり、しかもその答えとしてまだまだ論考が必要な問題も多く、研究のやり甲斐があると感じています。

 

とくに文字として証拠が残っている以前の房総に暮らしていた、もしくは移住してきた人々の末裔が、古代~中世の日本史にあって極めて特徴的な文化的建造物を房総の地につくっていた事実は決して見逃せるものではないはずと考えています。

その最たるものが、貝塚群であり、神社建造物であり、上総国分寺です。

どうして、房総の国には農業が発展する前からあれほどの人口が住んでいたのでしょうか。

どうして、西国のヤマト王国・朝廷からこれほど離れた「ふさのくに」において、当時の日本の中で最先端かつ最大規模のものをつくることが出来たのでしょうか。

そういったことを考えていくとともに、それが日本史の流れの中でどのような意味を持っているのかを考えていくのも楽しい作業でした。

次回は武家が台頭してきた時代の、「ふさのくに」の在り様について考えてみたいと思っています。

ナビゲーター:

石川 良樹